2012年7月24日火曜日

ローマ 4(4/4)

これからやっとフォロ・ロマーノへ。
あ、タイトルが4のぞろ目じゃないの!フォー(←止めてあげてください)

夫はさっきの丘のぼりで十分だからもう帰ろう。あまり遅くなると
テルミニ付近(のホテルに泊まっていました)はあぶないと
反対しましたが(私もかなーりバテていたものの…)
頑固に先を急ぎました(笑)

フォロ・ロマーノは古代ローマの政治と宗教の中心地でした。
英語のフォーラム(Forum)はこのフォロ(広場)が語源となっています。
西ローマ帝国滅亡後は忘れ去られて土砂に埋もれ、
牧場地として利用されていたらしいです。
ルネサンス時代にはコロッセオと同じくリサイクルで石材が持っていかれた…
本格的な発掘は19世紀に始まりました。結構最近ですねえ~!
これだけ大規模の遺跡が埋まるってどういうこと?
持っていくんじゃないよー石をー。



中心に伸びている道はウィア・サクラ(聖なる道)といいます。
パラティーノの丘からフカンで眺めた時には何てデカイ遺跡なんだ
早く行きたいと感動していましたが、運動の後さらに歩くとなると
ちょっと応えます。準備運動が必要だったかもしれません。

建物のいくつかをご紹介。



アントニヌス・ピウスとファウスティナ神殿
皇帝のアントニヌス・ピウスが元老院によって神格化された
妻ファウスティナをしのんで141年に造らせました。
それから後に死んだピウス帝もこの神殿に祀られたそうです。
ファサードの円柱は6本あります。
七世紀か八世紀には教会化されバロック期にはサン・ロレンツォ・イン・
ミランダ教会が建てられました。



カエサル神殿
亡骸が火葬された場所だといわれています。
現在のイタリアはキリスト教なので土葬が基本みたいですが
古代ローマでは当時、多神教だったので亡くなると火葬されました。
��カエサルってキリストが生まれる以前の人ですから)
後にアウグストゥスによって神格化され、神殿がたてられた、とのこと。
ドラマなので脚色はあるものの、このくだりは『ROME』でありました。
未だにお花が供えてあったりして、やっぱりカエサルは人気者なんですね。



マクセンティウスのバシリカ
フォロ・ロマーノでもかなり大きな建造物。
屋根の部分は全てコンクリートでできています。
コンスタンティヌス帝は、このバシリカに白色大理石製の
自分の巨像を置いていました。(前の日記で出てきた左の頭像はその一部)



ロムルス神殿
4世紀の初めに建てられました。マクセンティウス帝が亡くなった
息子ロムルスのために建てた神殿と考えられているそうですが、
本当かどうかは分からないそうです。
ちなみに、ローマ建国者ロムルスとは関係ありません。



元老院議事堂
ブルータス等の手によって、この近くでカエサルは殺されました。
ユリウス・カエサルが建設を始め、後継者のアウグストゥスが
前29年に完成させました。283年に火災があったので、
壁はレンガだけが残っていますが、昔は大理石で覆われていたそうです。
床の模様がまだこんなにきれいですね~!オプス・セクティレという
古代ローマのモザイクの技法の一種だそうです。



セプティミウス・セウェルス凱旋門
ローマの凱旋門の中では2番目に大きい。
この凱旋門はセプティミウス・セウェルス帝とその息子カラカラ帝のために
建てられたと、門に書いてあります。



実はもう一人の息子であるゲタの名前もありましたが、
兄貴のカラカラに殺されると消されたそうです。
家族の肖像画からも消しちゃうし(コワ~!)



もっと見ていたいのですが、ここいらでバス停へ引き替えしました。
トレヴィの泉でちゃんとコインを投げてきたから戻ってこれるはず~。

バスは割りとすぐにやってきました。
今度の姉ちゃんはウェーブヘアでレイバンのサングラスの運転手に
色っぽい光線と話術を繰り広げていましたたらーっ

バスから見える、これでもかと言わんばかりの遺跡たち。



マルケッルス劇場
コロッセオによく似ていますね~
カエサルが着手し、アウグストゥスによって完成。
19歳で急死した姉オクタウィアの息子で娘婿のマルケッルスの名前が
つけられました。



アポロ・メディクス・ソシアヌス神殿
帝政初期に造られた神殿です。今は支柱3本を残すのみ。
マルケッルス劇場とオクタウィアのポルティクスの近くに建っています。



チルコ・マッシモから眺めるパラティーノの丘。
壮大ながらも廃墟となったせつない光景が広がります。



円形神殿(Tempio di Ercole Vincitore)
ローマにある建築物の中でも相当古いもので、
紀元前2世紀から1世紀頃にローマの油商人によって建てられた
ヘラクレスに捧げられた神殿だそうです。
テヴェレ川沿いのポルトゥヌス神殿の南側に建っています。

この他にも見切れないくらい遺跡がゴロゴロしていました。
ローマ帝国の遺産は正にロマンですね~ポッ



110番バスはコロッセオの停留所を後にして、真実の口、ヴェネツィア広場、
ナヴォーナ広場を通過していきます。
ヴィットーリオ・エマヌエーレ2世記念堂は修復中でした。


明日行く予定のサン・ピエトロ大聖堂です。(バス揺れてます路線バス



サンタンジェロ城はもともとハドリアヌス帝のお墓でしたが、
14世紀からヴァチカンの要塞になりました。
590年にローマでペストが大流行した際に大天使ミカエルが
この城の頂上に剣を付き立て、教皇がこれをペスト終焉の知らせだと
した事からこう名付けられました。



アウグストゥス廟にはアウグストゥスをはじめ、妻のリウィア、
マルケルス、アグリッパ、ティベリウス、カリグラ、クラウディウス
等ユリウス・クラウディウス朝の人々が眠っています。
アウグストゥス廟の向かい、アラ・パチスには停留所があります。
ガラス貼りでしたので十分車内から見られました。

この後トレヴィの泉→ヴェネト通りを通り過ぎ、
テルミニ駅に戻ってきました。結構なボリュームですので、
旅のテーマを決めて回る場所をチェックするのがいいかもしれません。
想像通り、この日は爆睡。。。いい運動になりました!

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