2016年6月2日木曜日

不妊治療の経緯など

 水面下で進めてきたことですが、不妊治療専門の病院に通っております。(以下、少し長くなります)

 以前通っていた病院は、住まいから電車で30分圏内の病院。不妊治療で割と評判の病院でした。院内の雰囲気も心地よかったです。そういった所は大抵激混みで、予約の電話を入れてから2か月後にようやく初診を受けられました。

 治療開始時にそこの先生から「体に異常はないですか?」と尋ねられました。毎年の健康診断(婦人科健診含)でも異常が見られなかったので「無いと思います」と答えました。夫のほうは病院で検査してもらいましたが、私は血液検査、子宮内の検査、尿検査だけで、卵管の検査はせずに人工授精(AIH)をしましたが、3回とも妊娠しませんでした。(1回目失敗後は月経が今までにない量だったのでもしかすると...と思ったことはあります)

 こうなって初めて「卵管造影検査(HSG)と通水検査をしましょう」となり、検査をしました。やったことがある方はお判りでしょうが、鎮痛剤を入れていても重い重い鈍痛が急激に腹部へやってくるので結構きついです。その結果、
卵管閉塞です。かなり年季が入っています。ですから、このままAIHをしても妊娠できません。卵管を通す手術もありますが、無理やり通しても卵管内の組織が機能しないので子宮外妊娠を引き起こして卵管を切除する危険性があります。年齢もありますから、体外受精を考えたほうが良いでしょう」
 と診断されました。その日はちょうどクリスマスで(かといって行事は有りませんでしたが)帰宅して、夫婦揃って呆然とし、そういった感情が過ぎる頃にワナワナしてきました。

 AIHの費用は一括で払える範囲ですが、決して安い金額ではありません。(1回 1~3万円 ※病院による)卵管が通っているかどうかも確認せずに3回のAIHを施術されたので、3回目ともあってないようなものです。IVF(体外受精)ICSI顕微授精などは平均30万~60万掛かります。不妊治療は殆ど実費支払なので、ビンボーな私たちには治療が長引くほど家計は厳しくなってきます。

 私はフルタイムで会社勤めをしながらイラスト業をしております。先生が「明日AIHをしましょう」と何にも考えず(こちらの予定を聞かず)に言うもんだから、毎回の治療で会社に早退願を申告するたびに後ろめたい思いを抱きます。何度かは土曜日の健診に切り替えてもらいましたが、AIHの場合は排卵のタイミングによりますので予定が読めず、明日と言われることもよくありました。

 しょうがないので、検査終了後に急いで上司にメールを入れてワンクッション入れておき、翌日に再び報告・申請するというふうにしていますが、社長には「早くに早退されると、会社としても割に合わない」と言われてしまう始末。はっきり言ってやり辛いです。
 この期間、排卵誘発剤の使用で月経周期も妙に長くなったり短くなったりしましたし、費用と貴重な半年間がすっ飛んでしまったので悔しく思いました。
※卵管が詰まっている場合でも、大抵の人は自覚症状がありません。

 管轄の保健センターに問い合わせたところ、
「補正予算案で予算が降りたら、初回の助成金が15万から30万になるかもしれません」
 とのことでした。39歳までは5回受ける事ができるらしいです。(ただし、体外受精・顕微授精に限る。2回目以降は15万。後払い)助成金に関してはお住まいの地域のセンターにお問い合わせされるか各ウェブサイトをチェックされることをお勧め致します。

 それを聞いてステップアップしようと決め、そこの婦人科で培養士さんによる体外受精説明会を予約して、後日、病院へいきました。

......行ったのですけど、何か様子が違う。貼り紙がしてあって...先生が疲労で倒れたらしいのです。

 院内で看護士さんたちが事務作業していたので予約を伝えると、貼り紙の通り「先生が倒れてしまい、詳しくは言えないが緊急を要する状態で病院再開のめどがありません。転院する場合の紹介状も本人がこん睡状態で書いてもらう事ができませんが、診断書のコピーとレントゲンの貸し出しは出来ます」とのことでした。
 私も今年で40ですし、できるだけ転院は避けたいと考えていたので「後日改めてお電話します」と告げてその日は帰宅しました。

 この件は直属の上司や社長には伝えてあって、特に上司は応援して下さっていたので本当に心強いのですが、ある時、上役からこう言われました。
(不妊である期間は)14年あったんだし。そういうことだよね? そうは言っても、いろいろ難しいとは思うけど
 今でこそ、その方は理解して下さるようになりましたが、その時、私は卵管閉塞と診断されたばかりで大変悲しい気持ちになりました。

 皆さんは会社勤めしながらどうやって不妊治療しているんだろう...大抵の人は自分が不妊だとそれほど思っていないと思うのです。だから、自然妊娠をチャレンジしてきました。その間、夫が病気をしたり、会社から独立してフリーランスになったり、私自身は勤めで体を壊したり、心療内科に通ったりと、会社に起因したストレスもあった訳ですから、そんな風に一蹴してほしくないと感じました。

 毎日の満員電車では「妊婦マーク」を付けていて、1人だけ席を譲って頂いただけでした。マークを付けている人は別に「席を譲って下さい」と言っている訳じゃなく「ただのおでぶちゃんじゃないんだよ」という意味で付けているのです。つわりとかで急に気分が悪くなった場合に分かりやすくするためです。いつもより早い電車に乗るようにし、満員は満員でもできるだけ混んでいない車両に乗るようにしていました。見た目で妊婦と分かり辛い妊娠初期ほど体調が不安定なので、安定期に入るまでは流産の確率も高くなっています。いつもより体温が高いので、常に微熱の状態で私もいつもより疲れやすくなっております。

 先生に回復の兆しが見られないですし、そういう経緯もあり、今年2月に転院を決めました。(先生はその後回復、良かった!)

 ただし、転院を決めたからと言ってすぐに転院できるわけではありません。私の場合は新規ではなく転院だったため、少し早目の3月末に初診を受ける事ができました。ちなみに、転院先の病院で最初に行った2人分の血液検査では(感染症の有無などの検査も含まれるとの事で)3万円以上かかりました(大汗)

 転院先の先生は県内屈指の不妊治療専門医。診断結果のコピーをもっていきましたが、今度の先生は先の卵管造影検査の結果を怪しんでおられる様子で、
「2回目で通る場合もありますから、子宮鏡検査と一緒に卵管造影検査してみましょう。やってみて、大体30%の方が通っています」
 との事で、4月に再検査しました。もう、すごく痛かったのですが、ほんの数分(秒?)で卵管が通ってしまいました。あの年末の世紀末感は何だったのさ……

「通りましたね。AIHしてみますか」

 先生から諦めていたAIHの言葉が出たので、夫と話し合ってやってみることにし、4回目のAIHで初めて妊娠したのでした。でも、8週目になっても赤ちゃんの心拍が確認できず、昨日に稽留流産の診断を受けました。初めでお腹の中にできた子供でした。

 8週目で心拍確認できる場合があるからと、粘りましたがエコーを見ても7週目から殆ど成長していませんでした。妊娠初期に亡くなってしまう子は外的要因というよりも染色体の異常によるものが殆どで、この時期までは神様の領域なのだそうです。つまり、赤ちゃん自身の力によるそうです。そうはいっても、もっと努力できなかったんだろうかと悩みます。それでも、少しずつ、少しずつ、気持ちを上向きにしていこう。そう思いながら過ごしております。この子が最初から息をしていたらもっと悲しかっただろう。親を出来るだけ悲しませないようにお腹の中に留まったままでいる。この子は親孝行者だ。と感じております。
来週手術したら、2ヶ月間を空けて(と先生に言われました)からまた頑張ろうと思っています。

 体調が不安定な間、流産の可能性が疑われた後で同居している姑さんがおかずを分けて下さったり、会社の上司からも「次もあるよ!」と励まして頂いたり、故郷の両親、お友達、クライアントさんから電話やメールで勇気づけて頂き、気持ちが上向きになりつつあります。本当にありがとうございます。

 手術が終わったらまた泣けてくるんだろうな。

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