2018年5月18日金曜日

「ヒデキ」

我が家のヒデキ・・・


私が会社でお茶出しをしていた16日、ヒデキが亡くなった。

どのヒデキ?なんて言うまでもない。ワイルドな17歳「新御三家」のヒデキだ。70年代生まれにとってヒデキはヒデキ一択だったから「東○英機もヒデキだよ?」と言われてもピンとこない。その頃生まれた「ヒデキ」を2人知っているが、恐らく彼らの親御さんはヒデキの影響を受けているに違いない。それ程すごいスターだった。

当時、スターと言われているアーティストや俳優は手の届かぬ存在でキラキラしていた。現実逃避させてくれる存在だったから、個人的にはそれはそれで良かった。簡単に触れられるならば、あれほど光り輝いては見えなかった。
西城秀樹さんは素晴らしい歌唱力をもち、見る人・聴く人を吸い寄せる艶っぽさがあり、ムーブメントを引き寄せる歌手だった。おまけにドラムもうまかった。若い頃の色っぽさと生意気さは、芸能の社会で人との付き合い方を学び、家庭を持ち、大病を経験してから色々と学ばれたようで、大分落ち着いた人になっていたのも素敵だった。

ちびまる子ちゃんもターンAガンダムも最近の話で、私が社会人として某スタジオに入っていた頃、その髭ガンダムの主題歌をヒデキが歌うという事で話題になっていた。いくつになっても、ヒデキは光っていると感じた。
48歳と56歳の時に脳梗塞を経験し言葉が出にくくなり、鬱状態にもなり、諦めかけた時もあったけれど、奥様や専門医に支えられながら(励ましの言葉が素晴らしい)心身共に粘り強くリハビリをし、麻痺を残しながらも精力的に音楽活動に取り組んでおられ、4年後にヒデキ還暦となり、ヒデキはヒデキであり続けた。(下記インタビュー記事内の「家の中に迷い込んできた虫は外へ逃がす。殺せなくなってしまったんです」に目頭が熱くなる)

そんなヒデキを追悼し、昨日はバーモントカレーを作った。妹分のククレカレーも買った。今週中ごろからずっとヒデキの事で頭が一杯だが、ヒデキは今を精一杯生きて欲しいのだと思う。またしてもここで「死んだらやれない事をやっておきなさい」と教えられた気がした。
ありがとうヒデキ。永遠である。
311の時に愛用していたレコードプレーヤーが壊れて聴けなくなっているのが哀しいので、やはりプレーヤーは買おうと思う。レコードで「恋の暴走」を聞きたい。

西城秀樹が遺したメッセージ「2度の脳梗塞には感謝している」 | 文春オンライン

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